秘密結社セフィロトの木蔭☆グラマス日記帳

小説や日々のあれこれを書いていこうと思います。

マグヌム☆オプス −狭間の記憶− 第1節「道」

(あぁ……広い……飽きるほど広い……あとどれほど続くんだ、この道は……? いや、この世界は……か……)
 
見渡す限りに白茶けひび割れた大地。
幾重にも重なり連なる浅い轍が巨大な道となり、果てしない荒野の彼方まで伸びている。
 
その道を、彼は歩いていた。
 
彼は荒野の旅人らしく全身あちこち砂粒や石灰にまみれ、疲れたような気だるい足取りで、それでも休むことなく歩みを進めていた。
 
奇妙なことに空には太陽がなく、にも関わらず乾いた陽光が上空から絶えず降り注いでいた。
 
暑さを感じるような気もする……
渇きを感じるような気もする……
こういう場所ではそういった類の感覚を感じるものだったような……よくわからない……
 
なぜ自分がこの道を歩いているのか彼は知らなかった。そもそもどうやってここに来たのかも。
気がついたらここにいた。
だが、とにかく今はこの道を歩けばいいのだろう。他にやることもないんだろうしな。
彼はそう考えていた。
 
彼方の地平線には霞がかってやや藍色に空を濁すゆらぎが、道行く先とその左方の空間に広がっているのが見える。
それが何なのか、どういう現象なのかは知る由もない。
 
彼は時折、その歪みに視線を向けつつ、それでも大して気にもかけずにとぼとぼと歩いていた。
 
空に目を向ける。
 
(……気のせいか? ほんのり靄ってきたような……いや、最初からあんな空だったか……)
 
絶え間なく続くと思われたこの干からびた世界も、彼が見出したようにわずかながら空模様が変化してきた。
彼ははじめ、前方の薄藍色のゆらぎを時折見ていたせいでそのように錯覚したのかとも思ったが、どこからともなく降り注いでいた陽光は今や、微かに灰色がかって淀んだ雲……というよりはモザイクのような靄にところどころ遮られ、あたりは薄暗くなってきたのが今度は確かに視認できた。
だがそれでも空の青さがその背後にあるであろうことは、靄の網目から確認できる。
相反するものが水と油のように混ざりきらないような不気味な見た目の空となっていた。
 
(ずいぶん半端だな……どうしたいんだか……)
 
その時、彼は前方、道沿いの右手に視線をやったあと、数歩 歩いて立ち止まった。
そして、しばらく立ち尽くして見つめると、彼は再び歩きはじめた。
 
ほんの先程まで、見渡す限りに何もなかった荒涼とした大地……今、彼の眼前には2軒の建物が建っていた。
 
道沿いの右手ーー手前の建物は2階建てで白塗りの壁にグリーンの屋根、一見すると欧米風の普通の住宅のようにも見える。
その奥に建つ建物は、同じく2階建てで白塗りの壁だが、こちらは真紅の屋根で安めのモーテルといった外観。上下階それぞれ6部屋ずつ、計12部屋が確認できる。
 
彼は住宅風の建物を凝視しつつその手前までやってきて、歩速をゆるめて立ち止まった。
両の建物を交互にしげしげと眺める。
 
道と建物の間には、周囲と同じ様相の地面が一定のスペースあり、道沿いの一区画には芝生の植え込みがあって青々としている。そして同じ場所にさほど背の高くないソテツかヤシのような木が植えられていて、その手前には膝下くらいまでの高さの “Guest House” の切り文字のモニュメント看板が自立し、そこが住宅風のドアへのアプローチ部分であることを示している。
 
「……英語か……」
 
彼はこの世界で初めて見る緑や人口建造物を二の次にしてそう言った。
そして、あらためて周囲を見渡しながら両手についた砂粒や石灰をはたき落とし、さらにズボンの太もも部分を軽くはたいて付着していた砂ぼこりを大気に散らした。
 
その時、彼は自分の装いを見て一瞬固まった。自分がショルダーバッグを斜めがけしていることに初めて気づいたのだ。それは帆布素材でところどころ擦り切れている。
 
「……これは……俺のか?」
 
彼はバッグ部分を片手で雑につかんで上下左右あらゆる角度から観察する。
軽い……
ベルクロで閉じられたバッグのかぶせの部分を開いて中を覗くと、案の定、中には何も入っていなかった。
彼はたった今費やした無駄な時間に眉をひそめ、ゆっくりとバッグを閉じて、再び視線を目の前の建造物へと送った。
 
それぞれの建物には明かりは灯っておらず、人気はないように感じた。
 
彼はあらためて地の果てにある薄藍色のゆがみをしばらく遠くに見つめたあと、住宅風の家に向き直り、そちらに向かって歩き出した。
ザクザクと踏み鳴らされる足音。あたりを観察しながら家に近づく。
 
家の道路側はウッドデッキーーいわゆるカバードポーチになっていて、テーブルと2脚のイスが置かれている。
彼はその空席を眺めながら歩き、カバードポーチに上がって玄関ドアの前で立ち止まった。
内部からは物音は一切聞こえず、しんと静まり返っている。
 
彼はドアを周縁沿いに見回すが、さほど迷うこともなくドアノブに手をかけ、そしてドアを開けた。
 
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