秘密結社セフィロトの木蔭☆グラマス日記帳

小説や日々のあれこれを書いていこうと思います。

マグヌム☆オプス −狭間の記憶− 第3節「ゲストハウス②」

2階への階段を上がりきると、折り返しの廊下がある。
廊下の途中、奥まったところにドアがある箇所が2つーーこれが個室なのだろうーー廊下の先にはやや広めの部屋があり、ここがドミトリーのようだ。

ドミトリーには廊下とを仕切るドアはなく、床はフローリングで、室内には貧相なパイプベッドが四隅に置かれている。
うち2つのベッドの間にはドアが1つあるが、手洗い場だろうか?
中央にはソファもないのにローテーブルが置かれ、あとは壁際に観葉植物が1つ置かれているだけの簡素な部屋だった。
部屋の2面の壁には大きめの窓があり、その先にはやはり広大な荒野の景色が広がっていた。

このゲストハウスに来る直前には、空が不気味に曇っていたはずだが、今、この窓から見えるかぎりの景色では、空は青く晴れ上がり、おなじみの根拠のない陽光がドミトリー内に注がれていた。

彼はドミトリーの入口に立ち、軍隊の兵舎のような部屋だなと思った。
ベッドの上にカラのショルダーバッグを放り、少しは体を休める “フリ” をしようとベッドに横たわる。
ギシッという乾いた音を立てる、いかにも安物な感じのパイプベッド。
彼はこの世界に意識が顕在化してから、感覚や感情というものが非常に曖昧に感じられていた。遠い昔に経験し、今は記憶の中だけにあるかのように。
これから何をすればいいのか?
そう考えながら寝返りをうつと、またベッドが音を立てて軋む。微動だにするだけでギシギシと神経に障る金切り音を絶え間なく発するベッドに、気がついたら彼は個室のドアを開け放っていた。

個室には木製のベッドにマットレスが乗っていた。
考えてみれば1階には挙動不審な2人の男がいて、うち1人はナイフを所持している。
鍵どころかドアさえないドミトリーを寝床にしようとしたのはどうかしてた。

一息ついて室内に入り、ドアを閉めて施錠した。
その個室も、これまたひどくユニークだった。
陽あたり不良……薄暗い……
正面の壁の上方に小さめの明かり取りの窓がある以外に窓はなかった。天井にライトもあるがスイッチを入れても明かりが灯らない。部屋自体も簡素で、フローリングに木製ベッドとベッドサイドテーブル、そして床がタイル貼りのバスルームが隣にあった。また、ベッドには枕と、掛け布団代わりに貧素なタオルケットが一枚設置されているだけだった。
オプションとしてバスルームこそあるが、雰囲気はまるで独房だ。

彼は気にはなったが、もはや面倒だったので、そのままベッドまで行ってそこに腰をかけた。
そしてしばらくの間、ただただ座りながらぼーっとしていた。

胸のあたりがモヤモヤする……漠然とした何かが……なぜ今この世界にいるのか、自分が何者なのか、そういったことにはあまり関心が向かなかった。
だが、捉えどころのない、ぼんやりとした微細な身体感覚が、彼に何らかの “到達地点” が存在することを訴えかけているようだった。
それがどこなのか、あるいは何なのか、検討もつかなかったが、要はその “何か” に向かえばいいのだろうか……?

彼は大きなため息をつくとおもむろに立ち上がり、疲れたような足取りでバスルームに備え付けてある洗面所へと赴き、両手を洗面台の縁にあずけると、うなだれながら再び大きな息を吐いた。
顔を上げると鏡の中には1人の男の顔があった。
つぶらな瞳で、漆黒の髪はベリーショートに整い、白い半袖Tシャツの上に、ネイビーカラーで非常にきめの細い麻の葉模様の和風の半袖シャツを前ボタン全開で羽織った男。
そして、右耳ーー鏡なので、つまりは左耳ーーには、開いた花びらが炎のような曲線を描く、スミレ色の蓮の花のデザインをしたピアスが揺れていた。

「……これが俺のツラか……」

彼がさらにため息を吐きながらうなだれた、その時、強烈な違和感を覚え、すぐに妙なことに気づいた。
ゆっくり顔を上げて、鏡の中の男の顔を再度確認する。
先程と同じ顔と服装の男がそこには映っている。
もう一度ゆっくり視線を下げて、実際に自分が着ている服装を確認する。

グリーン系のカーゴパンツ、裾からはローカットのマウンテンブーツのつま先が覗く。黒の半袖Tシャツ、そして胸元にはネックレス。ネックレスのトップは鏡の男のピアス同様、炎のような流線型の花びらをしたスミレ色の蓮の花のデザインだが、こちらは蕾のようで、わずかにしか花は開いていない。それ故に、それはより炎のように見える。

彼は、鏡の男に視線を戻し、凝視しながらネックレスのトップをつまんで持ち上げる。
鏡の男も同じポーズに、同じ呆然とした表情をしているが、鏡の男はネックレスは着けていないのでポーズは単に虚空をつまんでいる。
彼は鏡に顔を近づけ、頬を触れるなどしてじっくり観察する。左の耳たぶをしきりにまさぐりピアスをつけているか確認するが、鏡と違って自身はやはり着けていない。
だが、耳たぶを触るたびに鏡の中の男のピアスは、それに従ってあちこちの方向に動き回っている。
髪の毛に触れてみると鏡の男よりは長めで、耳元の上半分くらいまではかかっているようだ。ややウェーブがかっていて恐らく天然パーマなのかもしれない。
彼は少し背伸びをして鏡を覗き込み、鏡の男のボトムスをチェックした。
サイドラインの入ったチノ生地らしいショートパンツを穿いている。サイドラインと腰ポケットの内側とバックポケットは黒色基調の和柄のデザインとなっているようだ。

ひとしきり鏡のファッションチェックを終えた彼は、謎と不気味さが拭えないままゆっくりとベッドルームに戻っていく。その際、何度も鏡を振り返って確認するが、やはりそこには先程の鏡の男が、まるっきり同じ動作でこちらを振り返っている。
彼はこの世界に現れて初めて困惑気味だった。

ベッドルームに戻ると、彼は再びベッドに腰をかけ、やや放心状態で何も思考することなく、しばらくの間、薄暗い室内で空を見つめて座っていた。
そして、ぼそっとつぶやいた。

「寝よ……」

ベッドの上に横になると眠くなるまで時間の経過を待った。
だが、モヤモヤとした感覚が高い体温を維持しているようで、体を横にしていること自体に何だか息苦しさを感じる。
彼は何度も寝返りをうって、気持ちを落ち着かせるベストな姿勢を探したが、この寝苦しさは姿勢のせいではない気がしてきた。

床で寝るか……

彼は直感的に、床から離れているベッド上であることが寝苦しさの原因のような気がした。
ベッドから薄手のマットレスを外すと床に敷いてその上に横になり、枕に頭を沈め、タオルケットを腹の上に被せた。

彼の意識は次第にまどろみ、眠気のなかを漂い始めた。
彼は、この世界にも “眠る” という現象は一応存在しているんだな、と思った。
肉体の緊張が解ける感覚と心地よさを感じられることをやや意外に思っていると、まどろみのなかに朧気な映像が浮かんできた。

その映像はややボヤけた視点で、この部屋の開け放たれた入口の外に見える階段にフォーカスされている。階段は部屋の入口から見ると横向きに登ってくるカタチなので、厳密には階段の手すりとその向こうの階段出口が見えている。
なぜ、階段に意識がフォーカスされているのかはすぐにわかった。気配がする……何者かが階段を登ってきている気配がハッキリとわかった。
それも一歩一歩、ゆっくりと……

 

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