秘密結社セフィロトの木蔭☆グラマス日記帳

小説や日々のあれこれを書いていこうと思います。

マグヌム☆オプス −狭間の記憶− 第2節「ゲストハウス①」

玄関ドアを開けると同時に、ドアに備え付けられたベルが鳴る。

彼がそこに見た光景は、入口より続くわずかな通路、その先にある部屋。
部屋の左側にはバーカウンターがあり、カウンター内に男が1人立っていて、カウンター客席にも1人の男が座っていた。
予想に反して2人の人間がそこにいた。

彼は玄関ドアから半身を侵入させた体勢でフリーズしつつ、状況を把握しようと2人の男に交互に視線をやる。

入口から見える範囲の様相は木製の家具が基調の洋風のおしゃれなバーのよう。
部屋にいたるまでの短い通路の右側は壁で、左側にはレジカウンターがあり、レジカウンターの上には年季の入ったアンティーク調のレジスターが設置されている。
また、レジカウンターの天井からは小ぶりのハンギングプランターが吊り下げられ、さらに2人の男に挟まれたバーカウンター上にも、小ぶりのポットに植えられた観葉植物が置かれていて、空間を和ませる演出がなされていた。

2人の男は、玄関から内部を覗き込んでいる彼を無言で凝視している。

すると、カウンター内で背後の棚に軽く背を預けて立っていた男が、ぎこちない愛想笑いを浮かべながら声を発した。

「い、いやぁ、いらっしゃい……」

まだ現状把握中だった彼は、反射的に声をかけてきた男を見る。
しばらく見合ったあと、彼はゆっくりと音を立てないように入口のドアを閉めると、まだ警戒を解かずに一歩一歩、家内に踏みいった。
彼はバーカウンターの先端あたりまで来て、あらためて2人の男を一瞥すると立ち止まり、入口付近からでは右の壁に遮られて見えなかったエリアに目をやる。

カウンター内の男は続けて彼に声をかけた。

「……よく来たね」

彼は男の言葉は気にもとめずに観察を続ける。
そこはリビングルームのようだ。
玄関から向かって正面にあたるほうは全面ガラス張りの窓になっていて、表の広大な荒野が見渡せるオープンエアリビングとなっている。また、その窓のすぐ外側はウッドデッキのバルコニーになっているようだ。
リビング自体は、ウォールナットのフローリングに人の背丈ほどの観葉植物が置かれるなどのヴィンテージスタイルのインテリアで、中央のローテーブルを革製のソファが囲うように配置され、バーカウンターの対面にあたるリビングエリアの壁には薄型テレビが掛けられている。そして、天井中央にはシーリングファンライトが設置してあり、ファンの旋回がテーブルとソファの一帯に優雅な風を送風している。

「……泊まっていくかい? 休憩だけでも構わないけど……」

男が再びおどついた感じで声をかけてきた。

「……ぁあ?」

彼は、男を見ずに室内を観察しながら気の抜けた返事をした。

「ドミトリー(相部屋)は2階だよ。個室もあるけど……」

彼は、その言葉通りにテレビが掛けられた壁の脇にある短い廊下の先に、2階へ通ずる階段があるのを見つけた。
そこで初めて男のほうを振り返り、そして今度は男を観察しだした。

中年の小太り、白髪交じりで耳元が隠れるくらいの長さのおかっぱ頭、着ている前ボタンのシャツの袖口をたくし上げ、毛深い前腕が覗いている。胸元にはネームプレートがついてるが、すり傷だらけで何と書いてあるのかどうも読めない。だが、どうやらこのゲストハウスのスタッフかオーナーのようだ。

「……え? 何て?」
「あぁ……いや、その……お客かなぁと思って……ごめんなさい……」
「珍しいなぁ」

不意にバーカウンターの席に座る男が、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、馴れ馴れしい口調で話しかけてきた。
彼は、バーカウンターの男に視線を移した。

「ここは滅多に客は来ないんだが。あんた自分探しの旅でもしてる途中かい?」

男は黄ばんだ歯を見せてニヤつきながらそう言った。その歯の一本は抜けている。
スタッフの男は助かったという感じで安堵の表情を浮かべる。

彼はバーカウンターの男を即座に観察した。
男はつなぎの作業服を着ていて、無精髭を生やし、額から頭頂部にかけて禿げ上がっていて、側頭部と後頭部の髪は長髪でざんばらに乱れている。あまり清潔感の感じられない風貌だ。
一見してあまり関わりたくない要注意人物な印象を受ける。
その馴れ馴れしい口調もさることながら、男の目の前のカウンターにはフォールディングナイフーー折たたみ式のナイフが置かれていた。
クルミの殻が散乱していて男が何やら口に放り込んで咀嚼していることから、男はクルミの殻を開けるためにこのナイフを使っているみたいだが、この男とナイフのコラボではクルミ以外のものも切開しかねない予感がしてくる。
カトラリーではないこのナイフを、公共の施設内でなぜ堂々と使っているのか。コイツもこの宿泊施設のスタッフか? いや、身なりや態度からすると、ただの常連客……?

「……聞いてるか?」

ナイフの男は、入ってきてからろくに言葉も発さずに部屋を見回してばかりの彼を訝しんで、そう尋ねた。

「……え?」
「……妙な奴だな……親父が困ってるだろ」

ナイフの男にそう言われた彼は、その男の胸元にもネームプレートがあるのを確認する……が、こちらもやはり擦り切れていて、何と書いてあるのか判別できない。
次いでスタッフの男に目をやる。
スタッフの男が自分に注意が向いたことにビクついていると、重ねてナイフの男が言った。

「泊まりなのか休むだけかぐらい、ハッキリしてやれ」

スタッフの男は慌てた様子で、

「ああ! いや、無理に泊まらなくても……何か飲んでいくだけならそれでもいい……んだけど……」

彼は思った……なんでコイツはこんなにキョドってるんだ?

「……いや、喉は渇いてないからいい……それじゃあ……とりあえず休ませてもらう」
「はぁ、そ、そう、よかった……じゃあ2階のドミトリーか個室、どっちでも自由に使っていいよ。ウチはお代もいらないから」

スタッフの男が胸をなでおろすように言うと、彼はその言葉に対する疑問を口にした。

「……お代?……お代って?」
「……いやぁ、知らないならいいよ……あ、今は他に客もいないし、予約も入ってないから、2階全部自由に使ってくれてかまわないよ。個室にはバスルームもあるから」
「ああ……ありがとう」

そう言うと彼は階段へ向かって歩き出す。
バスルームと聞いて、彼は自分が荒野を歩いてきて砂まみれであることを思い出した。
入浴ついでに服を洗ったほうがいいだろうかと考え、自分の身なりを見下ろすと、彼は急に足を止めた。

汚れていない……黒のTシャツの袖から覗く腕にも上下の服装にも汚れが見当たらず、砂粒1つ付着していていないことに気づく。
彼は自分のズボンの状態を確認し、頬に触れ、両手を幾度も翻し見て、さっきまで存在していはずの、自分が荒野を歩いてきた痕跡を探すが、やはり白く煤けた箇所1つ見いだせなかった。

そんな彼を、背後から2人の男が不思議そうに見つめていた。
ナイフの男が彼に声をかける。

「どうかしたか、兄ちゃん?」

彼はその呼びかけに振り向いて言った。

「……いや、なんでもない」

 

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